【インタビュー】「やれたかも」はあの有名作家へのオマージュ!?『やれたかも委員会』作者・吉田貴司さん【後編】

2023/08/03 Thu
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生きるための糧とは何であろうか。人生の豊穣とは。迷い彷徨う人々が今日もその門を叩く。
荘厳なプロローグで幕を開ける漫画がある。忘れがたき、やれたかもしれない甘く切ない夜を振り返る『やれたかも委員会』だ。
SNSを駆使して作品を発表し、クラウドファンディングで書籍化。そしてドラマ化まで一気に駆け上がった『やれたかも委員会』作者の漫画家・吉田貴司さんは、立川を拠点に活動。
『やれたかも委員会』の創作エピソードや独特な作風、ご自身のライフスタイルについてたっぷりお伺いしたインタビューの後編をお届けします。

Writer/Interviewer
キウチトウゴ
Photographer
ゆうばひかり
吉田貴司(ヨシダタカシ)

2006年「弾けないギターを弾くんだぜ」でデビュー。
これまで「フィンランド・サガ(性)」(講談社刊)「シェアバディ」(作画:高良百)(小学館刊)などを発表。
2016年「やれたかも委員会」がネットで話題に。2022年1月に4巻、5巻が双葉社より同時発売される。
2022年「中高一貫!!笹塚高校コスメ部」1巻発売。

「頭の中で膨らませて、とにかくキャラに何か言わせたりやらせたりする。」

続いて、作品についてお伺いしたいです。
『やれたかも委員会』の能島明や『フィンランド・サガ(性)』の本庄丈一郎、『中高一貫!!笹塚高校コスメ部!!』のキャプテン藤野宮苺など、「達観してるようでとんちんかん」という人が必ず出てきますよね。

吉田さん(以下敬称略)

分析されててちょっと恥ずかしいですね。それはそうかもしれません。

正しいことを言ってみんなに説いていく風なんだけど、でもそれがとんちんかんなのが面白いんだと思うのですが、何か意識されて「変な主人公」を立てているんでしょうか。

吉田

意識して立てるというよりも、描いていくうちに勝手に似通った性質になっていきます。多分、僕の中にそういう何かがあるんだと思います。
実は主人公を作ろうと思って作っていなくて。もっとしっかりと「主人公はこういうキャラ」みたいなのを作らないといけないと思うのですが、僕はそういう作り方ができないんです。頭の中で膨らませて、とにかくキャラに何か言わせたりやらせたりする。進めていく内に「こいつはこういうことは言わないな。」とかそのキャラが「しないこと」が先に出てくる感じです。なので進めながらじゃないとできないんですよね。
だからいつも最初は手探りでしか始められなくて。連載するために編集者と打ち合わせをしたりすると「最初にキャラクター表を出して」と言われるので、一生懸命考えてみるけど、そのやり方でキャラクターができたことは一度もないです。何か描いても全然つまんなそうなんですよね。多分キャラをデータ化するのが苦手なんでしょうね。

『やれたかも委員会』が1話読みきりだったら、エピソードに出てくる人だけで成立すると思うのですが、あえて委員会形式にしたのは?

吉田

出来事を裁判する委員会っていうアイデアが最初にあったので、エピソードだけで漫画を構成するという発想はなかったです。
友達と「こないだ女の子と遊んでて、帰り道こんな感じになって、あの時何か言ったほうがよかったのかな?どうなの?誰か判定して欲しいわー。」って話してたのが発想のキッカケで。その友達が「わかるわー。俺も前こんなことあってー。」って話し始めたその内容丸ごと漫画にしたのがやれたかも委員会の第1話になりました。

ひょんなところから生まれたんですね。

吉田

委員会の部屋も、ぱっと浮かびましたよ。3人が座っていて、床は白黒のシマシマで。とか。真ん中の人は道着を着ているとか。僕の中で、しょうもない判断をするのってそういうイメージだったので。

まさに、ドラマでの佐藤二朗さんはハマり役でしたね。
格言っぽい発言をすると思うのですが、インスピレーションはどのように湧いてくるのでしょうか?

吉田

元々格言好きなので、名言みたいなのは結構メモに残しがちですね。そういうところからインスピレーションが湧いてきているのかと思います。

吉田さんの文章、セリフもそうですし、ブログやnoteもとても読みやすいなと思っていつも読んでいます。

吉田

そうですか。ありがとうございます。『フィンランド・サガ(性)』の連載が終わって、次の漫画がなかなか描けないときに。当時の雑誌の編集長に「吉田くんは文がうまいから、小説を書いてみたらいいんじゃないかな。俺は読んでみたい」って言われたことがありますね。その時は捻くれてたので「その間の生活費どうするんだよ。」って思いましたが。今でも小説は書けるとは思わないです。

「やれたかも」はあの超有名作家の発言へのオマージュ?!

好きな作家さんはいらっしゃいますか?

吉田

村上春樹がすごく好きです。昔は村上春樹を真似た文章を書いて、就職情報誌でライター募集の記事を見つけて持っていったこともあります。それが実はエロゲームを作ってる会社で面接の時、「うちではこういうのはちょっと…」みたいなことを言われたことがありますね。今思い出しても恥ずかしいですけど、「スパゲティを茹でていたら電話が鳴った。」みたいなことを書いてたので、面接ではとんでもない空気になりました。

確かにちょっとシュールなユーモアというか、似ているところはあるかも。でも、村上春樹さんにギャグの要素はあまりないですよね。吉田さんはそれを笑いにしているというか。

吉田

それこそ、「やれたかもしれない夜は人生の宝です」って、実は村上春樹の発言のオマージュなんですよ。

そうなんですか!

吉田

「村上さんにきいてみよう」っていう、読者からの質問に村上さんが一問一答で答えるというシリーズがあるんですけど、その中で、「女の子とうまくいきそうでいかなかった、そういう経験は村上さんもありますか」みたいな質問に対して村上さんが「そういうのって人生の宝ですよ」って答えていたんです。めちゃくちゃいいこと言うなーというか、その言葉に読んだ当時、救われました。
そこからパク……というか影響を受けました。

それは貴重なエピソード!聞けてよかったです!
今は投稿されたエピソードをもとに書いていると思うのですが、初期はご自身で創作されていたのですか?

吉田

1話目は友人の話で、2話目は創作と自分の思い出。3番目からは完全に人から送ってもらった話を書いていますね。1〜2巻あたりは創作も入れてたんですけど、そのまま書く方が面白いなと思い、後半になるほど創作部分がなくなっていきました。

意外と?!規則正しい生活リズム

続いて、吉田さんのライフスタイルについてお伺いします。今はお子さんがいらっしゃって、ご自宅で時間を区切って仕事されているとお聞きしました。

吉田

今は1人のスタッフと9時〜5時でSkypeを繋ぎながらやっています。それで「働いてる自分」というバランスを取れている感じですね。

そういった環境で締め切りがない中『やれたかも委員会』を続けられた理由や、習慣化のコツなどはありますか?

吉田

漫画を描くことは好きなので、サボることはあんまりないんですが、個人でやると「ひたすら遅い」っていう欠点があることはわかりましたね。
締め切りがあるとそのゴールに向けてどう間に合わせるか、小さいものに大きいものをねじ込む力が働くんですけど、締切がないと、そういう外圧がかからないのでどうしてもペースが落ちてしまいます。まあ僕の場合はという話で、締め切りなくてもバリバリ描いてる人はいるんですが。僕の場合はいらないとこにも絵入れちゃったり、こだわりがどんどん強くなって、完成が遅くなる傾向はあるようです。

アシスタントをされていたときは、締め切り前とかは大変だったんでしょうか?

吉田

自分のアシスタント時代は規則的でしたね。11時から23時で休憩2時間、みたいな感じで、徹夜はなかったです。
たまに1ヶ月間有給みたいなのがあって、その時に必死で自分の漫画を描く。という感じでした。

そうなんですね!今も徹夜はなし?

吉田

今も徹夜はしないですね。でもこの前、旅行にいったらむちゃくちゃスケジュールが厳しくなってしまって。原稿30枚を11日で描いて、珍しく徹夜もしてしまいました。それで改めて徹夜はこりごりだなと思いましたね。

ちなみに、お子さんは吉田さんが漫画家であること、そして書かれている作品を知っているのでしょうか。

吉田

仕事は「漫画家」ということは知ってると思います。
でも自分の漫画は「読まないで。」と言ってるので、僕の目の前では読まないですが、隠れて読んでるのかもしれません。
最近は「お金は大丈夫か?」と聞いてくるので、「こいついつも家にいるけど、ちゃんと働いてんのか?」と思われてるのかもしれません。

「黒い鳩と競輪してるおじさんを見ながら飲むビールは最高」

今は立川を拠点にお仕事と生活をされていますが、多摩地区在住歴は長いのでしょうか。

吉田

もう10年くらいになります。
以前は練馬に住んでいて、チャリで吉祥寺によく出てハモニカ横丁で飲んだりしてました。ああいう昔からあるごちゃついた感じが好きだったんですけど、立川にはないので、引っ越してきた当初はつまんないなー。と思ってたんですが、最近は流石に慣れました。立川も飲み屋が多いのは良いですね。

立川でのお気に入りスポットなどはありますか?

吉田

北口の競輪場が小汚くて居心地がいいです。晴れた週末にたまにビールを飲みにいってます。真っ黒い鳩と競輪してるおじさんを見ながら、何を煮込んでるのかわからない煮込みをつつきつつ飲むビールは最高です。
あとは、夜ランニングする時に、立川から国立の駅まで行って帰ってくる中央線の高架の下の道は、まっすぐで走りやすくて好きです。

現在はゲッサンで『中高一貫!!笹塚高校コスメ部!!』を連載されています。まさかの女子高生が主役という。

吉田

やれたかも委員会を更新しながら、たまにアイデアが浮かんだ時に読み切りのネームを何本か描いてたんですが、そのうちの1本がこのコスメ部でした。それを編集者に見せたら通っちゃって。他にも面白いネームがあったんですが、なぜかこれが。女の子がいっぱい出てくるのがよかったのかな。

周りは普通の高校生なのに、コスメ部の5人だけちょっとオカシイ空間にいますよね。彼女たちはやっぱりコスメ甲子園みたいなところを目指して部活をやってるんでしょうか?

吉田

そういう話もあったんですけど、そっちにいったら多分危険だろうなと思っています。何かリアリティレベルが結構難しくて、甲子園まで行くと僕自身がついていけなくなる気がします。普通の世界に異物がボンと入るのが面白いというか。

ゲッサンで連載中の『中高一貫!!笹塚高校コスメ部!!』は女子高生が主役。吉田さんの描く女の子には、独特の色気が感じられる…

『やれたかも委員会』のあの委員会の空間だったり、『フィンランド・サガ(性)』のサウナの空間も、あそこだけ異空間ですもんね。

吉田

確かにそうですね。自分では気づかなかったけど、普通の平和な社会に変な人がいる、変な集団がいるっていうのが好きなのかもしれません。

最後の質問になります。漫画業界が今後どうなっていくのか、そして吉田さんがどうしていきたいかという考えはありますか?

吉田

漫画業界については正直よくわかりませんね。多分、みんな昔は漫画を買って読んでいたけど、今は「アプリが何曜日更新だから」とか「作品ごとにアプリをいくつも入れてる」という読み方に変わってるんだろうな。くらいで。
電子書籍って2010年頃まではなかった漫画家の収入源で、これは今後しばらくはあるだろうと思います。
今年はコスメ部を描いて来年はやれたかもを描いて、50歳までに自分の著作物をある程度ためて、その後はその権利収入で生活しつつ、競輪場でビールをのみつつ、新作を描くっていうのが目標ではあります。

吉田貴司さんの前後編に及ぶロングインタビュー、いかがでしたでしょうか。

吉田さんの最新作、『中高一貫!!笹塚高校コスメ部!!』はゲッサンで連載中!コミック・電子書籍は第4巻が発売中!

今回はなんと、TAKE TAMA!をお読みの皆様のために、『コスメ部』の第一話を特別に掲載させて頂けることに!
謎多き『コスメ部』。第一話を読むと、より謎が深まる!吉田さんワールドの沼に、ハマっちゃってください!

『中高一貫!!笹塚高校コスメ部!!』 #1 翻して!サイドヘアー
吉田貴司さんインタビュー前編はこちら

「やれたかも委員会」を中心に、吉田貴司さんのマンガは下記のnoteでお読みいただけます!
連載中の「中高一貫!!笹塚高校コスメ部!!」の情報など、最新情報はTwitterでチェック!

吉田貴司さんのnote
吉田貴司さんのTwitter
Writer/Interviewer:キウチトウゴ

日野生まれ、多摩市在住。くさび社所属。緑色のものを追いかけるのが好きです。夢は多摩市に銭湯を作ること。

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Photographer:ゆうばひかり

1994.5.28.生まれ。大阪府出身 東京都世田谷区在住。
ライブフォトグラファー・都市風景写真家としてフリーランスで活動中。

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