甲州街道はもう秋なのさ

2021/11/30 Tue
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Writer
岡本貴之
Photographer
ゆうばひかり

〈たばこをくわえながら 車を走らせる〉

八王子あたりから新宿方面へと進んでいく、様々な地方ナンバーの車列。

〈ハンドルにぎりながら 僕半分夢の中〉

ノロノロと数センチ単位でタイヤを動かすタクシーの運転手は眠そうに何度も目を瞬かせている。
隣の車線では、古びた乗用車の運転席から男が覗き込むようにして渋滞の先を見ている。後部座席からぼんやりと窓の外を眺めていた女性と一瞬目が合った。女性はすぐに目をそらすと、傍らに座っている子どもに話しかけている。

甲州街道。

この道を通るとき、いつも頭をよぎる曲がある。

RCサクセション「甲州街道はもう秋なのさ」はアコースティック・トリオ編成時代の1976年4月に発売された3rdアルバム『シングル・マン』に収録されている。

高校在学中に結成したRCサクセションでプロデビューを飾り、すぐに「ぼくの好きな先生」のヒットを飛ばした忌野清志郎。順調なキャリアのスタートかと思いきや、シニカルな歌詞、他者を寄せ付けず大衆に迎合することを拒むような姿勢により、徐々に表舞台から姿を消していった。その後、ライヴハウスで一部の熱狂的な支持者を生みつつ、孤高の存在と化していたRCが水面下でレコーディングを行い、誕生したのが『シングル・マン』だ。

制作から1年を経て発売されたこの作品は、ほどなくして売り上げ不振により廃盤に追い込まれる。その後、再び聴くことができるようになったのは、新生RCサクセションがライヴハウスを席巻しだした頃、有志により組織された「シングル・マン再発売実行委員会」の働きかけにより再発売される1980年のことだ。そして、『シングル・マン』は名盤としての評価を確かなものとした。しかし、清志郎自身はじつに6年もの時間を経て世に認められたこの作品に対して複雑な思いも持っていたに違いない。

「甲州街道はもう秋なのさ」には、抒情的でありながら心の暗部をえぐる、清志郎の類まれなる詩の才能が存分に発揮されている。

〈もうこんなに遠くまで まるで昨日のことのように 甲州街道はもう秋なのさ〉

東京日本橋から長野県下諏訪までをつなぐ甲州街道。清志郎が通った日野高校もその道中に近い。

純粋に音楽に夢中になり、バンドを結成したあの頃。華々しくデビューを飾ったものの、自分を理解しようとしない、〈うそばっかり〉な音楽業界や世の中へのいら立ちを抱えながら、〈こんなに遠くまで〉来てしまった自分。

激しく咆哮するサビを経て、曲は再び抒情性を取り戻して夢うつつな余韻を残しながら終わる。

〈どこかで車を止めて 朝までおやすみさ 甲州街道はもう〉

素朴な街並みから煌びやかな都会の中心部へとつづくこの道を、清志郎は眠たい目をこすりながらどんな思いで車を走らせ、どこに向かっていたのだろう。



RCサクセション / 甲州街道はもう秋なのさ
(作詞:忌野清志郎、作曲:肝沢幅一、編曲:星勝 & RCサクセション)

甲州街道はもう秋なのさ

岡本貴之(おかもとたかゆき)

1971年新潟県生まれのフリーライター。Billboard JAPAN、OTOTOY、BARKS、Rolling Stone Japan、StoryWriterといった音楽・エンタメWEB媒体の他、マイナビニュースでのグルメ記事等、幅広く取材・ 執筆している。2019年4月2日『I LIKE YOU 忌野清志郎』(河出書房新社)を刊行。同年12月発売の忘れらんねえよ『週刊青春』特製本取材・構成を担当した。

ゆうばひかり

1994.5.28.生まれ。大阪府出身 東京都世田谷区在住。
ライブフォトグラファー・都市風景写真家としてフリーランスで活動中。

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